身体化(下痢、胃痛、頭痛)

目次

ストレスを生き延びていくために

ストレス社会と言われ出して、もう何十年にもなります。

高度経済成長の頃、ストレス要因と言われたのは、都市化や人口過密による通勤ラッシュや騒音、激しい競争や厳しいノルマでした。

バブルの頃には、長時間労働による過労死が相次ぎました。

しかし、その頃までは、経済も右肩上がり、働いた分だけ収入が増え、未来にも希望がありました。

バブル崩壊後、日本は長期のデフレに陥る。

コスト削減のため、リストラが進められ、それが新たなストレスを生んできました。

人減らしで、一人にかかる負担は増えているのに、給料減るという状況が、九十年代の終わりからずっと続いてきたのです。

時期を同じくして、うつ病や自殺の急増という事態が、働く世代の苦境を象徴的に示していたと言えるでしょう。

 ストレスは、対処の仕方を間違うと、命をも脅かす脅威です。

しかし、現代社会を生き抜いていくためには、ストレスを恐れてはいられません。

それを積極的に乗り越えていくことが求められるのです。

潰されずに、ストレスを生き延びていくためにはどうすればいいのでしょうか。

ストレスを受けると何が起きるのか

 適度なストレスは、生理反応を活性化し、活力を高める面もあります。

問題は、ストレスが強すぎた場合や、短期間なら耐えられるストレスでも、それがあまりにも長期間にわたって持続した場合です。

ストレスが人の体や精神を蝕み始めるのは、いずれかの場合です。

 そして、実は、ストレスから体や心を守る防御メカニズム自体が、自らの体や心を破壊する方向に働いてしまうのです。

そうした事態を防ぐためにはどうすればよいかを考えるためには、まず、ストレスを受けたとき、何が起きるのかを知っておく必要があります。

 さまざまなことがストレスとなり得ます。ストレッサー(ストレスとなる要因)は、大きく四つに分けられます。

物理的、化学的、生物学的、精神的(心理社会的)ストレスです。

このうち、通常われわれがストレスと呼んでいるのは、精神的ストレスのことです。

精神的ストレスも、寒さや低栄養、細菌感染といったことと同じように、生存を脅かし、生体にとってストレスとなります。

生き延びていくためには、ストレスから自分を守らなければならなりません。そのための防御反応がストレス反応です。

 どういう種類のストレスかに関係なく、ストレスを受けると共通する反応が起きます。

食欲がなくなり、胃腸の調子が悪くなります。
高血圧にもなりやすい。
病気にかかりやすくなり、頭が痛くなったり、熱が出たりします。

こうした症状もストレス反応によって引き起こされたものです。このことは、誰もが経験的に知っているでしょう。

けれども、どうして、こういうことが起きるのでしょうか。

 そのカギを握るのが、ストレス・ホルモンです。

そして、その正体は、副腎皮質ホルモンです。

ストレス・ホルモンとは、ストレスを受けたときに、ストレスに負けないように体や心を守るために放出されるものです。

決して、自分を苦しめるために放出されるのではありません。

それなのに、なぜ、結果的に体を痛めつけてしまうのでしょうか。

 ストレスを感じたとき、それに最初に反応するのは、脳の中でも、本能的な生存の維持に深くかかわっている視床下部という領域です。

ストレスを感じると視床下部からCRHというホルモンが分泌され、それがすぐ近くの下垂体に到達すると、下垂体からACTH(副腎皮質刺激ホルモン)が放出されます。

ACTHが全身をめぐって、副腎皮質にたどり着くと、副腎皮質ホルモン、いわゆるステロイド・ホルモンが放出されます。

では、ステロイド・ホルモンは何をしているのでしょうか。

ステロイドの軟膏を塗ったことがあると思います。

その効果は劇的です。
強い炎症やアレルギーも、ステロイドを使うとたちどころに治まってしまう。

 しかし、ステロイドは怖い、ステロイドでないと効かなくなるといった話もよく耳にしたことがあるでしょう。

確かにステロイドはよく効くが、ずっと使い続けるものではないのです。

 たとえば、炎症やアレルギーが収まるのも、ステロイドは異物との戦いを止めさせる作用をもつことによるのです。

でも、考えればすぐわかることですが、異物との戦いを止めることは、別の危険をもたらします。

確かに炎症はなくなって症状が消え、良くなったように見えますが、それは、外敵に対して無防備な状態を作り出すことでもあります。

ステロイドを使い続けていると、細菌やカビに感染しやすくなるのは、そのためです。

 では、なぜステロイド(ストレス・ホルモン)は異物との戦いを止めさせてしまうのでしょうか。

それは、もっと肝心な問題との戦いに、エネルギーを集中的に投入するためです。

 敵に襲われて、生きるか死ぬかというときに、バイ菌と戦っても意味がありません。

まず、目の前の戦いに勝って生き残らなければ、始まらないのです。

そこで、バイ菌やアレルギー物質と戦うことは一時休戦にして、目の前の敵との戦いに戦力を集中しようとするわけです。

目の前の危険を生き延びるために、後で生じるデメリットには目をつぶるわけです。

ステロイドの炎症やアレルギーを抑える作用は、生き延びるための緊急避難的な戦略だと言えます。

 ステロイド・ホルモンは、それ以外にも、血圧を上げたり、血糖を上げたりする作用があります。

戦いに必要な骨格筋や心肺、神経系への血流を増やし、エネルギーを確保する一方、消化管などの、さしずめ戦いに不要な部分は手薄にします。

 ストレスに対して視床下部で起きる反応は、ストレス・ホルモンの放出とともに、自律神経をリラックスした休息モードの状態である副交感神経優位の状態から、戦闘モードである交感神経優位の状態にすることです。

交感神経が興奮すると、アドレナリンが放出されます。

血圧が上がり、心拍数が上昇して、骨格筋や心肺に血流を豊富に送るとともに、消化管の運動はやはり抑えられます。

 ステロイド・ホルモンの放出や交感神経の興奮は、今直面した戦いにおいて、最大の力を発揮し、生き延びるための措置です。

難局を乗り越えた後でゆっくり休息すれば、元の状態を回復できるわけです。

 ところが、その状況が、いつ終わるともなく続くことになると、元々緊急避難的に投入されるストレス・ホルモンが、悪影響を及ぼし始めます。

感染症にかかりやすくなったり、高血圧をひきおこしたり、糖尿病になっり、胃や腸に潰瘍ができたりします。

これが、ストレスによって体の病気を引き起こした状態、すなわち心身症です。

 心身症では、もう実際に病気になってしまっているので、症状の治療をすることも必要です。

しかし、それだけでは、完全には良くならず、症状が出たり引っ込んだりを繰り返し、慢性化することが多いのです。

本当の意味で改善するためには、ストレスに対する手当てをする必要があるわけです。

ストレスを乗り切るには

 ストレスに対する手当ては、大きく三つに分けられます。

一つは、ストレス自体を減らす工夫をすることです。仕事を整理して仕事を減らしたり、休みや休息を増やす。

欧米では、管理職ほど長い休みをとりますが、日本では、管理職ほど、休みが取れなくなってしまいます。

そこを思い切って変えていくことも大事です。

しかし、まとまった休暇を取るのは難しいのが現実です。

そこで、誰にでも実行可能なお勧めの方法を一つ提案しましょう。

それは、こまめに休憩するということです。

休憩は、三分でも五分でも結構です。とにかくぶっ続けに仕事をせずに、三十分に一回くらい、短い休憩を入れる。

それだけでも、神経が消耗してしまうことを、かなり防ぐことができます。五分程度、目を閉じて神経を休める。

一二分、リラックス体操をするといったことを心がけるだけで、疲労の蓄積がまったくちがってくるのです。

スポーツや散歩も有効です。体をほぐすことで、緊張を緩和し、ストレスを減らすことにつながります。

 二つ目は、ストレスの感じ方を緩和するという方法です。

同じようなストレスを受けていても、ひどく疲れてしまう人もいれば、さほど負担にならない人もいます。

そこには生理学的な要因もあるのですが、もう一つ重要な要因として、ストレスをどう受け止めるかという認知の問題が大きいのです。

ストレスになることを、「とても嫌だ」「苦痛なだけだ」「早く逃げ出したい」と後ろ向きに受け止めてしまうと、余計に苦痛に感じてしまいます。

認知を修正するトレーニングや働きかけによって、認知が前向きなものに変ると、同じことをしていても、苦痛がまるで違ってくるのです。これが認知療法と呼ばれるものです。

 感じ方を和らげるもう一つの手段として、薬物療法があります。

生理的、体質的にストレスに弱い人がいるのは事実です。

そうした人も、仕事や責任から逃れるわけにはいきません。

生活のためには、ストレスを受けながらでも、働かねばならないのです。

 不安を感じやすい状態は、セロトニンなどの伝達物質が不足すると、一層強まってしまいます。

逆にドーパミンなどの伝達が亢進していると、神経が働きすぎて過敏になりやすいのです。

セロトニン系を強化するとともに、ドーパミン系を少し抑えるような治療をすると、ストレスを感じにくくなり、気持ちがドンとしてきます。

どこからでもかかってこいというような、安心と自信に満ちた気持ちになるわけです。

 依存性のない、優れた薬剤が開発されてきています。そうした薬を適正に使用することは、ストレス社会を生き延びるうえで、強力なツールだと言えるでしょう。

逆に危険なのは、アルコールや依存性の薬物に頼ってしまうことです。

どんどん量が増えていき、泥沼状態に陥っていくことになってしまいます。

 三番目は、支えになる存在に愚痴を聞いてもらったり、相談することです。

困った時に、いつでも助けを求めることができる存在を、「安全基地」といいますが、安全基地を持っている人は、同じようにストレスを受けても、有害な影響がずっと小さくなるのです。

何でも話せる人が一人いるだけで、自殺のリスクは半分になると言われています。

「安全基地」となる存在を身近に確保できるように、日頃からそうした存在との関係を大切にしておくことも大事でしょう。

そうした人が身近にいない場合には、「安全基地」となってくれる専門家を確保しておくことも、一つの有効な方法です。

心身症と身体表現性障害

 ストレスが体の症状として現れる状態には、心身症と身体表現性障害があります。

両者は、どう違うのでしょうか。

心身症は、実際に体が病気になってしまったものです。代表的なものが、胃・十二指腸潰瘍や胃炎、高血圧です。

それ以外にも、糖尿病や気管支喘息、顎関節症、潰瘍性大腸炎なども、ストレスとの関連が大きいと言われていますし、悪性腫瘍も、ストレスが発症の促進要因となります。

 それに対して、身体表現性障害は、症状がある、または、本人が症状を訴えるのですが、いくら検査しても異常が見つからないものです。

「仮病」と思われるかもしれないが、これは決して仮病ではありません。

本人は故意に病気のふりをしているのではなく、意図せずに症状が現れたり、実際に、苦痛を感じているのです。

身体表現性障害にも、いくつかサブタイプがあります。

一つは、転換性障害と呼ばれるもので、歩けなくなったり、声が出なくなったり、けいれん発作を起こしたりするのですが、調べても異常はないというものです。

かつてはヒステリーと呼ばれたもので、昔は頻度の高いもので、特に女性によく見られました。

厭なことを厭とも言えず、我慢しているのが限界に達し、ついには体が拒否することで、自分を守ろうとしているのです。

本人には、そうした自覚はなく、本人の意思とは無関係に、体が勝手にそうなってしまうのです。

 別のタイプは、身体化障害といい、これは今日でもよくみられます。

頭痛や腹痛、下痢、だるさなど、身体の不調が執拗に訴えられるのですが、検査しても特に目立った異常はないという場合です。

客観的な病変が起きるまでには至っていないのですが、本人には苦痛に感じられているのです。

ストレスや心理的な葛藤が身体的な症状という形となって現れていることを自覚し、そちらの改善を図っていくと、自然に解消されていきます。

身体化しやすい人では、ストレス自体をあまり自覚せず、何も心配事も悩みもないと思っている場合もあります。

人にも相談したり、甘えたりするのが苦手だという人も多いと言えます。

体の症状を訴えるという形で、つらさを表現しているとも言えるかもしれません。

 さらにもう一つ心気性障害(心気症)と呼ばれるタイプがあります。

これは、自分が重大な病気ではないかと、過剰に心配するもので、小さな黒子をガンではないかと疑ったり、自分はエイズではないかと思い、診察や検査を受け続けます。

こうしたケースも、自覚していないストレスや不安が、病気ではないかと心配するという形で表れているわけです。

いくら検査をして、病気ではないかわかっても、またすぐ、別の「症状」を見つけ出して、病気に違いないと思い始めるので、イタチごっこになります。

十分意識化されていないストレスや不安の部分に焦点を当て、それを言葉に出すようにすることが改善につながります。

薬物療法も有効で、SSRIや漢方薬で改善することが多いと言えます。

【対応と治療のポイント】

身体表現性障害では、病気の症状は心のサインとして受け取る必要がある。

それは、決して本人の訴えを軽んずるということではなく、症状より背景にある寂しさや不安に目を向けるということである。

子どもでは、身体化障害や転換障害は比較的多く、そうした傾向をもつ子どもは、不登校児童の二割近くに上るとされる。

病名がつくほどではなくても、ストレスに対して腹痛や頭痛といった体の症状を出しやすい子どもは多い。

こうした際に、本人の不安を汲み取り、休ませたり愛情を補ったりすることも必要だが、同時に、厭なことを回避するという疾病利得を与えすぎないように注意しなければならない。

病気で休むときは、一日寝させて、他のことをさせない、ゲームやビデオは禁止といったことを守らせる必要がある。

 また、治療に当たっては、本人の性質をよく心得ている一人の医者が担当するのが望ましい。

この病気の性質を知らない複数の医者が、専門科の観点だけから検査や治療を行いだすと、どんどん病気をこじらせていくこともある。

専門分化した今日の医療は、その意味で、医原性に病気を作ってしまう危険をもつ。

脳でも同じことが起きる

 ストレス・ホルモンの影響は体だけにとどまりません。

脳に対しても、有害な作用を及ぼし始めます。

短期間であれば、覚醒度が高まり、頭の回転もよくなり、ストレスを押し返す抵抗力を生み出すのですが、それが長期間続くと、疲弊状態に陥っていく。

疲れた馬も鞭打てば、元気を絞り出すことができます。

しかし、それを続けていると、ついには、崩れ落ちるように倒れて、死んでしまいます。

 脳の神経細胞でも同じことが起きます。

短期間なら、伝達物質を無理やり放出させて、働かせ続けることも可能だ。

だが、それも限度を超えると、ついに神経細胞は反応しなくなるか、死んでしまいます。

 実際、ストレス状況が長く続くと、脳の中の海馬と呼ばれる領域が萎縮し始めます。

これがうつ病やPTSDで起きていることです。

そこに至る手前には、さまざまな段階があり、さまざまなサインを出します。

症状や行動上の問題は、ある意味、ストレスが限界を超えかけているというサインであり、その人が置かれた環境が、無理を生じているということを、間接的な形で警告しているのです。

 ストレスによって生じる病的な状態には、心身症、適応障害、身体表現性障害、急性ストレス障害、PTSD、解離性障害などがあります。

適応障害

もっとも頻度の高い適応障害

 もっとも良く見られる状態は、適応障害と呼ばれるもので、新しいストレスに慣れることができず、それが次第に心や体の変調となって現れ始めた状態である。

まだ今のところ、体を壊すとか、脳が委縮するような変化を起こすといった段階までは進んでいない。

馴染めない環境というストレスから解放されれれば、すぐにでも元気を回復することができる。

 適切なサポートがあれば、慣れなかったり環境に次第に馴染んだり、行き詰っていた問題が解決されて、環境に適応できるようになるとともに、症状が消えていく場合もある。

しかし、あまりにも本人に適性や志向とのギャップが大きいと、どんなサポートもうまくいかず、そこに長居すればするほどダメージが深まっていくという場合もある。

体を壊してしまったり、うつ病にまで進行してしまったりすることもある。

その場合は、早く見切りをつけて、環境の方を変えてしまった方が良い。

 両者の見極めが大事ということになる。

あまり安易に次々環境を変えていたのでは、本人の適応力が培われないし、何事も大成できないということになってしまう。

石の上にも三年という頑張りも、ある部分では必要なのである。

かといって、本人が死ぬほど嫌がっていることを、無理に続けようとしても、時間をロスした上に、事態が悪化するだけである。

適応障害の原因と症状

適応障害の段階では、ストレス反応が強まっているが、まだ完全に精神の平衡を破壊するまでには至っていない。

天秤と同じで、環境的な負荷がなくなれば、元の状態に速やかにもどっていく。

 きっかけとして多いのは、生活環境の変化である。

新しい土地や職場、学校に移ることや、昇進、配置転換、留学なども、頻度の高いものである。

また、対人関係のトラブルや孤立、離別や死別も、重要な要因である。

原因となる出来事や変化から、一カ月以内に症状が現れることが多いが、適応力がある程度高い人では、かなり遅れて出てくる場合もある。

何とかうまくやろうと、あれこれ努力したものの、ついに限界に達してしまうのである。

 適応障害の特徴は、同じ環境(の変化)であっても、それがストレスになるかならないかは、個人差が大きいということである。

その人にとっては、非常に苦痛な環境も、別の人にとっては、快適であるということも、しばしばだ。

 したがって、どの部分で、どんなふうに合わないのかということを、よく把握し、その人にとって、どう感じられるのかという共感的な視点で、本人の言い分や気持ちを受け止めることがポイントになる。

 他の人は、そんなふうには思わないとか、そこまで傷つく必要はないといった、第三者の視点でいくら説得したり、慰めようとしても、本人としては、自分の苦しさはわかってもらえないと感じるだけである。

 症状にも個人差が大きく、多彩であるのが特徴だ。

もっとも多いのは、気分が塞ぐ(抑うつ気分)、イライラや不安が強い、集中力や根気がない、しなければいけないことに手がつかないといったもので、うつ状態によくみられる症状である。

ただ、うつ病と異なる点は、良いことや好きなことがあると、元気や明るさがすぐにもどり、気分反応性が保たれているということである。

また、体重減少や体や頭の動きが緩慢になるといった症状も、比較的軽度である。

 人によっては、攻撃的な行動や言動が増えたり、人や物に当たるようになる場合や退行現象があらわれることもある。

通常は六か月以内に回復するが、環境要因が改善しない場合には長引くことも多く、その場合は、遷延性抑うつ反応といった言い方をすることもある。

パーソナリティや発達もからむ

 適応障害の特徴は、同じ環境でも適応障害を起こす人と、そうでない人がいるということだ。

その人に備わった適応力や忍耐力(ストレス耐性)も関係してくる。

しかし、単に忍耐力がないといって我慢すればすむ問題ではない。

たとえば、利潤志向が強い組織に入ったとしよう。

その環境に、極めてよく順応できる人もいれば、心の中に強い抵抗を感じる人もいるだろう。

その違いを、忍耐力がないという単純な言葉では説明できない。

その人の価値観やライフスタイルに、合うか合わないかということも大きい。

その場合、その人らしい生き方をするという点では、ただ我慢すればよいというものではないだろう。

むしろ、適応障害を起こして、その組織を脱け出してしまった方が、もっと厄介なことに巻き込まれないで済むという場合もある。

無理をして適応したばかり、結局損をするということも起きる。

 さらにもう一つ大事なことは、適応力というものが、その人のパーソナリティや発達の特性と密接に関係しているということである。

たとえば、強迫的なパーソナリティの人は、物事をきちんと秩序だってやらないと気が済まない。

乱雑な状態や無責任な人の行動が、非常にストレスになる。

しかし、逆に、適度に乱雑で、アバウトな行動を好む人もいる。

そういう人にとっては、あまりに物事の手順を決められ過ぎたり、きちんとするように求められ過ぎると、ストレスになる。

行動優位で、体を動かしながら物事を処理していくのが合っている人もいれば、言語や思考優位で、物事を先に考え、計画してからでないと、動かない人もいる。

物音に過敏で、些細な雑音や話し声も能率に影響してしまう人もいれば、いつも賑やかにBGMの鳴っている環境の方が、調子が出る人もいる。

こうしたことには、遺伝的な素質や発達の特性が関係する。

 ストレス要因を減らし、適応障害を改善するためには、その人にとって、どういう状況が苦手でストレスになりやすいか、どのように環境を調整してやれば、適応が容易になるかを踏まえて、対応していく必要がある。

他の人は我慢している、どうもない人もいるということで、本人を説得しようとしても、それは何の助けにもならない。

本人にとってどうかを見ていくことが事態の改善につながる。

適応障害を防ぐためには

しかし、その一方で、本人の方としても、どうすればストレスを減らし、適応しやすくなるかという視点で、自分の受け止め方や行動の仕方を修正していくことが大事になる。

自分でも気づかないパーソナリティや認知(受け止め方)の偏りが、苦痛を大きくしているということが少なくない。

 たとえば、最近多いのは、全か無かの認知になってしまうケースである。

完璧主義の人やこだわりの強い人では、そうなりやすい。

すべてを完璧にやりこなした百点の状態をめざしてしまい、少しでも失敗やミスをすると、全部がダメになったように受け止めてしまう。

褒められている間はいいが、一度注意指されただけですっかり意気消沈し、自分の人格まで全否定されたように思って、やる気をなくしてしまう。

最初はやる気満々で、ものすごい頑張りを見せていたのに、些細な躓きで、一気に心が折れてしまい、会社を辞めるというところまで行き着いてしまう。

 こうした認知のパターンに支配されている限り、いくら会社や仕事を替わってみたところで、いずれうまくいかないことがあると、また気持ちが凹んでしまい、また投げ出してしまう。

そういうことを繰り返している人が少なくない。

 この悪循環から抜け出すためには、全か無かの認知を変えていく必要がある。

できなかったこと、ダメなことにばかり目を向けるのではなく、できたこと、良かった点に目を向ける、ポジティブな受け止め方を身に着けていくことが、何よりも助けになる。

あら探しではなく、良い所探しをするクセをつけていけば、ストレスに対しても強くなっていく。

うまくいかないことや不愉快なことがあっても、必要以上に傷つかないで済むようになる。

もっと自由に生きていい

しかし、その人にとって、本質的に合わない環境というものがある。

価値観や嗜好、生き方といったものは、合わせようとすればするほど、無理を生じる。

うわべでは、合わせることができたとしても、心の中には、何とも言えない違和感や軋みが残り、それが積み重なっていく。

長く我慢すればするほど被害が大きくなり、後でやり直すのが大変という場合もある。

若い頃ならまだやりなおせたのに、我慢したばっかりに、年を取ってしまいやり直すこともできなくなるという場合もある。

 若いうちは、一つの可能性ばかりに自分を限定せずに、他の可能性を試してみることも大事だ。

その意味で、適応障害を起こして動けなくなっているのに、無理にその環境でやり続けようとすることは、必ずしも賢明な策とは言えない。

生活や収入も世間体のことを考えて、しがみつかざるを得ないというケースは多いのだが、本当に合わないのか、それとも、枝葉末節の問題で躓いているだけで、本質的な部分では、意欲をもっているのかという点を、よく見極めることが大事だ。

三十代後半の女性教師のケース。

口の中の小さな隆起や斑点を見つけては、それがガンではないかと心配になり、病院に受診することを繰り返している。

別条ないと言われると、そのときは、納得するのだが、また一日二日経つと、心配になり始め、鏡で口の中を見ている。

子どもに頼んで、口の中を診てもらい、「何かできてない?」と同じことばかり聞くので、子どもの方も辟易している。

仕事と家事の両方で、かなり負担を感じている上に、夫も出張が増え、妻の話を聞く時間が以前ほどとれなくなっていた。

夫ができるだけ協力するようにして、妻の愚痴を聞くように心がけるとともに、SSRIの投与を行った。数か月で症状は完全になくなり、SSRIから漢方薬に切り替えても、再発していない。

【急性ストレス障害】

生命を脅かすような強いストレスが原因に

 命を直接脅かされるような災害や事故、事件に遭遇し、その直後から、強い不安や不眠、感覚のマヒや現実感の消失などを特徴とする状態である。

茫然自失し、ぼんやりして何事も頭に入らなかったり、物音や些細な刺激にも過敏に反応たり、イライラして意味もなく動き回ったりといったことも、しばしばみられる。

 適応障害と違って、同じ状況に置かれれば、ほとんどすべての人が強いストレスを感じる状況で発症するものであり、たとえば、震災や津波のような災害や、交通事故や事件の被害に遭った直後から生じるものが典型的なケースである。

対人関係のストレスや職場、学校のストレスによるものは、急性ストレス障害とは呼ばず、適応障害と呼ぶ。

ただし、会社や学校、家庭で起きた場合にも、上司から叱責とともに暴行を受けたり、DVや悪質なイジメを受けたりするなど、安全や安心感が著しく脅かされる環境におかれたことによる場合には、急性ストレス障害と診断される。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

香川県出身。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒業。2013年岡田クリニック開院。山形大学客員教授として、研究者や教員の社会的スキルの向上やメンタルヘルスにも取り組む。

著書に、『アスペルガー症候群』『ストレスと適応障害』『境界性パーソナリティ障害』(幻冬舎新書)『パーソナリティ障害』『働く人のための精神医学』(PHP研究所)『愛着障害』(光文社新書)『母という病』(ポプラ社)など多数。

コメント

コメントする

目次