【発達の問題】選択性緘黙(場面緘黙)

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学校で口を利かない子

小学五年生のN君は、学校に来ても一言も口を開かない。

三年生のときまでは、内気な傾向はあったが、ふつうに喋っていたという。

四年生の途中から、急に喋らなくなった。

ところが、母親の話によると、家では以前と同じように、よく喋っているという。

担任の先生が、電話をかけてきたとき、本人の元気のいい声が電話口から聞こえたらしく、大変驚かれたという。

新しい担任の先生は、N君がいつも石のように押し黙っている姿しか見たことがなかったので、常に喋らないものだと思っていたのだ。

 N君のように、ある状況でだけ喋らない(喋れない)状態を「場面緘黙」や「選択性緘黙」と呼ぶ。

新しい環境で無口になることは子どもには、よく見られるものであるが、選択性緘黙では、全く喋らない状態が一ヶ月以上続いたものとされる。

学校に行き始めた直後では、さらに長く様子を見る必要がある。

 N君の場合、選択性緘黙はあっても、登校は続けている。

強い相手の子どもに対しては、やはり喋れないようだが、以前からよく遊んでいる年下の子や弱い相手には、口を利くこともあるようだ。

しかし、発言したり、必要な返事もできないので、次第に授業からもおいていかれるが、学校生活はなんとかやれている。

というのも、N君が黙っていても、代わりにN君の気持ちや都合を代弁してくれ子が、二、三人いるからだ。

周囲も、どうせN君は喋らないのでと、最初からN君の発言を期待しなくなってきている。

 N君とは対照的に、母親はとても口うるさく、自分の心配をすぐ口に出し、些細なことでも注意しないと気が済まないようだった。

N君に対しても、絶えず小さなことまで指摘し続けている。

N君は母親の言いなりで、母親がすべてを心配し、配慮してくれるので、自分で問題を解決しようという気はまるでないようだった。

選択性緘黙のケースでは、このように、支配的で子どものことを代理的にすべてやってしまう母親と依存的な子どもの組み合わせがみられることがある。

 選択性緘黙の子どもは、不安が強く、対人接触を避ける傾向がみられる。

また、アスペルガー障害などの発達障害や言語障害が合併している場合も少なくないとの報告もある。

親や兄弟からの暴力のような慢性的なストレスが、原因になっていることもある。

【データ】

有病率は、報告によりバラツキがあるが、一万人あたり三人から十八人。

男児より女児に多く、また就学以前に始まることが多いとされるが、中学生で発症するケースもある。

【症状の類似する疾患】

 言葉を喋らない疾患として、表出性言語障害や自閉性障害などの広汎性発達障害、知的発達の遅れなども考慮する必要がある。

選択性緘黙の特徴は、家族などに対しては、ある程度会話をすることである。

【対応と治療のポイント】

 話すことを無理強いしたり、意識させたりするのは好ましくない。

安心させることが第一である。親の方が、先に手と口を出してしまっているような場合には、時間がかかっても、手助けを控え、本人の考えや気持ちを表現し、自分の判断で行動するまで待って上げることが大事である。

 治療的な関わり方としては、絵を描いたり、遊んだりしながら、子どもを安心させ、自然に声が発せられるのを待つのが基本的である。

家族の問題が反映していることも多いので、家族面接や家族療法も併用される。

不安を軽減する目的でSSRIといった薬物が使われることもある。

口の形だけを真似させるところから初めて、徐々に発声の練習をする行動療法的アプローチも有効だとされる。

音韻障害や言語障害が合併しているケースでは、言語療法が必要になる。

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この記事を書いた人

香川県出身。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒業。2013年岡田クリニック開院。山形大学客員教授として、研究者や教員の社会的スキルの向上やメンタルヘルスにも取り組む。

著書に、『アスペルガー症候群』『ストレスと適応障害』『境界性パーソナリティ障害』(幻冬舎新書)『パーソナリティ障害』『働く人のための精神医学』(PHP研究所)『愛着障害』(光文社新書)『母という病』(ポプラ社)など多数。

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