回避性の問題・ひきこもり

こちらの記事と一部同じ内容です。

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目次

ひきこもり

ひきこもりの原因となる主な精神疾患

どの精神疾患も、ひきこもりを引き起こす原因となりうるが、比較的頻度の高いものとして次のようなものが挙げられる。

  • 社会不安障害
  • パニック障害、全般性不安障害
  • 強迫性障害
  • 適応障害
  • 身体化障害
  • 身体醜形障害、妄想性障害身体型
  • 離人症性障害
  • 気分障害
  • PTSD
  • 広汎性発達障害
  • パーソナリティ障害
    (境界性パーソナリティ障害、回避性パーソナリティ障害、失調型パーソナリティ障害など)
  • 薬物乱用と後遺症
  • 統合失調症

精神疾患によってひきこもりが起きている場合は、その手当が劇的な改善をもたらす場合もある。

疾患や障害によっては、根気のよい治療や克服の取り組みを要する場合もあるが、きちんとした原因の解明に基づいて、方針を立て、手当を行っていくことが、無用な葛藤や消耗を減らし、有効に時間とエネルギーを用いることにつながる。

各項をよく参照してほしい。

ひきこもりを引き起こす心理社会的要因

  • 本人の不安を高める家庭環境
    離婚や離別、身近な人の病気や不在などで、安心感が脅かされている状況が多い。また、無気力で、自己否定的な親の姿が悪影響を及ぼしている場合もある。



  • 否定的な対人観
    過去のいじめ体験などが関係していることが多い。



  • 挫折体験と自信喪失
    失敗への恐れと傷つきを避ける気持ちが、社会へ出るのを困難にする。



  • 就職の失敗
    面接で断られ続けたり、就職先でうまくいかなかった体験が尾を引いていることが多い。



  • 自由願望と就職モラトリアム
    就職や社会人になることへの拒否、自由業への憧れ、働かないで生活したいという願望など、社会に組み込まれることから自由でいたいという思い。

傷つきを恐れる 回避する若者たち

ひきこもりの若者に共通する特徴の一つは、傷つくことを非常に恐れているということだ。

失敗すること、恥をかくこと、理想通りにいかないことに対する許容がとても小さい。

失敗したり、失望するくらいなら最初からやりたくないという気持ちが強く、冒険をしたり、自分を試したりすることに、極めて臆病なのである。

こうした失敗への極度の恐れと、現実的な試みを避けることを特徴とするものとして「回避性パーソナリティ障害」がある。

ひきこもりのケースには、回避性パーソナリティ障害の傾向が認められる大きな一群が存在する。

回避性パーソナリティ障害では、傷つきや失敗を避けるため、恋愛や性的関係、結婚、子どもをもつこと、就職も回避しようとしがちである。

逃れられない責任が生じる事態を恐れるのである。

高すぎる理想とプライド

ひきこもりを生じるもう一つの重要な要因は、理想やプライドが現実的でないほどに高いことである。

一方で自信のなさを抱えつつ、もう一方では、平凡では満足できないという思いをもっている。

そのため、余計ままならない現実が面白くなく、プライドが許さないと感じてしまうのである。

こうした傾向がもっとも顕著なものは、自己愛性パーソナリティ障害である。

境界性パーソナリティ障害でも、自信のなさとともに、完璧を求める自己愛が同居していることが多く、それが現実で受け留められず、傷つけられると、社会に出て行くことに強い躊躇いをおぼえるようになる。

これらのパーソナリティ障害については、拙著『パーソナリティ障害』に詳しい。

家庭内暴力
依存と攻撃の病

家庭内暴力は、今や配偶者間暴力と言い換えられるほど、大人の問題としてクローズアップされている。

だが、十代から二十代の青年の家庭内暴力も依然大きな問題である。青年期の家庭内暴力は、ひきこもりに伴って出現しやすいことが大きな特徴である。

 家庭内暴力では、過保護・過干渉のケースが圧倒的に多いが、あるときまで放任で、手がかけられずにいて、ある時期から急に関わりを強めるような場合にも、出現しやすい。
 
 家庭内暴力の子どもの特徴は、暴力を振るう相手に強く依存しているということである。

そのことを、自ら自覚している場合もある。

暴力を振るう一方で、暴力の対象である母親がいないと何一つできないことを、本人もわかっているのである。

親は自分の願望を満たし面倒をみることが務めであり、それを少しでも怠ることはけしからんという理屈を振り回すことも多い。

あるいは、自分がこんなふうになったのは親のせいだから、親が最後まで責任をとれと思っていることもある。

前者の考え方では、親は本人の手足か一部のようなものと捉えられている。

後者の見地では、自分は主体性を奪われた被害者だとみなし、その立場に、今度は居直ろうとしている。

この二つの心理的メカニズムが、家庭内暴力を際限ない悪循環へ駆り立てていくのであるが、そのどちらも、親がこれまでの関わりの中で、本人にそう教えてしまったものなのである。

タイプごとの特性

家庭内暴力には、子どもの抱える問題や特性の違いによりサブタイプがあり、それによって対処の方針にも多少違いが出てくる。

実際によく出会うものを、実践的な観点から分類したのが、下の四つのタイプである。

  1. 優等生挫折型
    小学高学年から中学生頃までは、親の言うとおりにするよい子で、成績も良く、習い事やスポーツを頑張っていることも多い。

    努力家で、プライドが高く、完璧主義の傾向や、周囲の評価に敏感な傾向がある。

    外では他人に対して、大人しいよい子として振る舞う。

    成績の下降や進路の挫折を機に、急激にひきこもりや生活の乱れが生じ、干渉しようとすると暴力を誘発するようになる。



  2. 溺愛・愛情不足型
    幼い頃に親と離別したり別居して、祖父母などに育てられ、一方で愛情剥奪を、他方で溺愛を受けて育っている子に典型的にみられるもので、他者との基本的な信頼関係や自他の境界が曖昧なところがあり、依存できる対象に次第に過大な要求をし、満たされないと暴力を振るうようになる。

    境界性パーソナリティ障害や妄想性パーソナリティ障害、薬物乱用を伴うケースが少なくない。



  3. 発達障害型
    高機能の広汎性発達障害や注意欠陥/多動性障害などの発達障害があり、思い通りにならない状況で、パニックになったり爆発して、暴力にいたる。



  4. 精神病型
    統合失調症、妄想性障害などの重大な精神疾患がある場合で、被害妄想から母親らに対して危険な暴力に及ぶことがある。

概ね、この四つのタイプよりなり、それらの要素が混じっていることも少なくない。それぞれ背景にある障害に対する手当も必要になる。各項を参考にして頂きたい。

予防と脱却のために必要なこと

こうした事態を防ぎ、またそこから脱却するためには、どうする必要があるのか。

まず第一は、親や保護者が本人の意のままに動いてくれる手足のような存在だと思わせたまま、子どもを育ててしまってはダメだということである。

自分のことは自分でさせるという自立の原則を、早い段階か教え込んでいかねばならない。

それは、五、六歳の段階から徐々に始めていくべきことである。

ただ、こうした構造が出来上がってしまうのは、ただ溺愛し、甘やかした場合ばかりではない。

非常に厳しく躾をおこない、指導した場合にも起こりうる。

それは、本人の主体性からではなく、親の期待や理想を優先し、親が口出しや、手を出しすぎた場合である。

コーチのように、あるいは家庭教師のように付きっきりで指導したような場合が典型的だと言える。

その場合、子どもはいつの間にか親の判断のままに動かされることになる。

いつも親の顔色を見て、それで行動する。

そうした状況が続くと、自分の意志と判断で行動する力が損なわれてしまうことも多い。自分は本当に何をしたいのかもわからなくなってしまう。

これも、親の支配による依存関係なのである。

依存関係ができてしまうと、うまくいかないことは、心のどこかで全部首謀者である親のせいになってくる。

人生はうまくいくことばかりではない。

ことに青年期には挫折がつきものだ。

そんなとき、その失敗が自分ではなく親のせいでこうなったとされてしまうのである。

そして、親は責任をとれという気持ちを抱く。その結果が、暴力という形にも表れると同時に、本人は何ら主体的な努力を止めてしまう。

こうならないためには、親の期待や理想はほどほどにして、本人の気持ちや主体性を常に大切にする姿勢をもつことが大事である。

では、一旦、そういう依存関係ができてしまっている場合は、どうすればいいのだろうか。

途中から、それを修正していくことは、最初から気をつけるよりも、さらに努力がいることである。

生きるか死ぬかというような思いをしなければ、まず変わらないことを肝に銘じるべきだろう。

なぜなら、依存関係をいまさら解消しようとしても、子どもも必死にしがみついてくるからである。

だが、それをしない限り、根本的な状況は変わらない。

本当の成長を生み出すためにも、手足となって動くことを止める勇気をもつことである。

当然、怒り出すかもしれないが、それで言いなりになっていては、おなじことの繰り返しになってしまう。

そうわかっていても、多くの親は、とことんひどい状況になり、個人的な問題のレベルを超えるまで、やり方を修正する勇気がもてない。子どもが怖いのである。

それは、暴力が怖いというだけでなく、子どもに嫌われ、子どもに見捨てられることが怖いという気持ちが根底にある。

親自身が経済的に破綻し、あるいは病気になり、ときには亡くなってしまうまで、延々と依存関係を続けてしまうことも少なくない。

実際、甘やかしてしまう親自体が、本人の自立の最大の阻害要因になっている場合もある。

親が病気などのために、どうすることもできなくなって、本人が変わりだすということもある。

家庭内暴力を伴うひきこもりのケースでは、重症のものほど、背景に統合失調症のような精神疾患を抱えているケースが少なくない。

こうしたケースでは、治療を行うと、家庭内暴力もひきこもりも、劇的に改善することが多い。

ある意味で、もっとも治療効果が期待できるのである。

ただ、問題は本人が受診を拒否するため、治療の軌道に乗せるきっかけがつかみにくいということである。

自分を傷つけたり、人を傷つけるようなことをした場合には、そのままにせずに、勇気を出して入院させることである。

ピンチはチャンスとなりうる。[

しかし、過保護なケースでは、本人が嫌がると気持ちで負けてしまい、ずるずるといってしまいがちだ。

そうなると、どんどん時間をロスし、回復も悪くなってしまう。

ひきこもりと家庭内暴力に苦しんでいる一家が、笑顔を取り戻すためにも、現実に向かい合う勇気が必要である。

現実の中で願望を充足させることができなくなったとき、自分が支配できる世界に引きこもり、過度に潔癖で、細部に拘泥した生活を送り、自分の決めた秩序に従うことを、親や家族にも要求し、それが少しでも守られないと、大暴れし、罵詈雑言や暴力を繰り返すパターンがしばしばみられる。

こうしたケースでみられる秩序への欲求は、現実の中で完璧に振舞うことができないことの補いをつけるために行われるもので、理想とのギッャプが大きいほど、過酷で徹底したものとなる。

それは、親がその子に対してしてきたことの再現でもあるのだ。

そうした状況は、第三者が介入するまで、延々と続くことが多い。

そうした不毛な行動においても、このタイプの人は、頑張り続けてしまうのである。

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この記事を書いた人

香川県出身。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒業。2013年岡田クリニック開院。山形大学客員教授として、研究者や教員の社会的スキルの向上やメンタルヘルスにも取り組む。

著書に、『アスペルガー症候群』『ストレスと適応障害』『境界性パーソナリティ障害』(幻冬舎新書)『パーソナリティ障害』『働く人のための精神医学』(PHP研究所)『愛着障害』(光文社新書)『母という病』(ポプラ社)など多数。

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